なぜ言えなかった?退職者が語らなかった本当の理由
「人手不足で困っているのに、なぜかうちの社員は辞めていく」
「退職理由を聞いても『家庭の事情で』しか言ってくれない」
――そんな悩みを抱える経営者の方が増えています。
退職時の面談で本音を聞けないのは、実は日本人特有の心理的背景があります。
退職者が本当は何を思っているのか、そしてその声をどう引き出すかを心理学と行動経済学の視点から解き明かしていきます。
「建前の退職理由」が9割の現実
退職面談で本音を話す人は全体の約1割。
残りの9割は「お世話になりました」「勉強になりました」といった建前で終わってしまいます。
本当の退職理由は退職後にアンケートや転職エージェントとの面談で明かされることが多く、企業側には届かないまま同じ問題が繰り返されています。
セリフで見る建前と本音のギャップ
建前での退職理由
社員「家庭の事情で転職を考えることになりました。本当にお世話になりました」
人事「そうですか…寂しくなりますが、仕方ないですね」
実際の本音
友人「本当の理由は何だったの?」
退職者「上司が全然話を聞いてくれなくて…。提案しても『前例がない』で終わり。
あと給与も同業他社より低いし、残業代もサービス残業扱いが多くて…」
この温度差こそが、組織改善のチャンスを逃す根本的な原因です。
日本人が本音を隠す3つの心理的要因
1. 恩義の感情と罪悪感
「お世話になった会社を批判するのは申し訳ない」という気持ちから、ネガティブな理由を言いづらくなります。心理学でいう「認知的不協和」の状態で、相手を傷つけまいとする配慮が本音を封じ込めてしまいます。
2. 対立回避の文化
日本の組織文化では調和を重視するため、退職時に問題を指摘することで「波風を立てる人」というレッテルを貼られることを恐れます。円満退職を望む気持ちが、建前の理由に流れる要因になっています。
3. 無力感と諦め
「どうせ言っても変わらない」という学習性無力感に陥っている場合、本音を伝えることに意味を見出せません。過去に改善提案が却下された経験があると、この傾向が強くなります。
海外企業に学ぶ「エグジットインタビュー」の本質
アメリカやドイツの企業では、退職者との面談を「エグジットインタビュー」と呼び、組織改善の貴重な機会として位置づけています。重要なのは、退職を決めた人にとって「会社をよくしたい」という気持ちと「正直に話しても安全」という環境の両立です。
カナダのある製造業では、退職面談を直属の上司ではなく人事部門または外部のコンサルタントが実施。匿名性を保ちながら率直な意見を収集し、6ヶ月後に改善レポートを全社員に開示する仕組みを作っています。その結果、離職率が前年比30%改善したという事例もあります。
本音を引き出す面談設計の5つのポイント
1. タイミングの工夫
退職を伝えられた直後ではなく、2~3日おいてから面談を設定します。感情が落ち着き、建設的な対話ができる状態を作ります。
2. 場所と雰囲気づくり
会議室ではなく、落ち着いたカフェスペースや応接室など、リラックスできる環境を選びます。お茶やコーヒーを用意することで、緊張をほぐす効果もあります。
3. 質問の順番と言葉選び
×「なぜ辞めるんですか?」
〇「お疲れさまでした。これまでの経験を振り返って、一番やりがいを感じた仕事は何でしたか?」
ポジティブな質問から始めて信頼関係を築き、段階的に課題についても話しやすい雰囲気を作ります。
4. 「会社のため」のフレーミング
「あなたの率直な意見を聞かせてもらえれば、今後入ってくる後輩たちがもっと働きやすい環境を作れると思うんです」
個人攻撃ではなく、組織改善のための貴重な意見として位置づけることで、話しやすくします。
5. 匿名性の保証
「この内容は人事部内でのみ共有し、改善検討に活用させてもらいます。個人が特定されるような形で他に伝えることはありません」と明確に伝えます。
行動経済学で読み解く「損失回避」心理
退職者が本音を隠すのは、正直に話すことで得られるメリット(組織改善への貢献)よりも、デメリット(人間関係の悪化、悪い印象を残すこと)を重く見積もる損失回避の心理が働いているからです。
この心理を逆手に取り、「正直に話してもらえないと、同じ問題で後輩が苦労する可能性が高い」というフレーミングで、沈黙することのデメリットを意識してもらう方法も有効です。
中小企業でもできる退職者フォローの仕組み
退職後1ヶ月アンケート
退職から1ヶ月後に簡単なアンケートを送付。
「新しい職場と比較して気づいたこと」
「もし友人が転職を相談してきたら、どんなアドバイスをしますか?」
といった間接的な質問で本音を引き出します。
元社員との交流会
年に1~2回、元社員を招いた交流会を開催。
カジュアルな雰囲気で近況報告をしてもらいながら、自然に組織への提案や改善点を聞く機会を作ります。
外部による匿名面談
人事コンサルタントや社労士などの第三者に退職面談を委託し、会社には匿名化された改善提案のみを報告してもらう仕組みも効果的です。
退職理由から見えてくる共通パターン
実際の退職面談で明らかになった本音を分析すると、以下のような共通パターンが見えてきます。
1. コミュニケーション不足
「上司が忙しすぎて相談できなかった」
「自分の仕事ぶりについてフィードバックがもらえなかった」
2. 成長実感の欠如
「同じ作業の繰り返しで、スキルアップが感じられなかった」
「新しいことに挑戦させてもらえなかった」
3. 評価への不満
「頑張りが正当に評価されていない気がした」
「昇進の基準が不透明だった」
4. 人間関係のストレス
「特定の先輩とうまくいかなかった」
「チーム内の雰囲気が悪かった」
5. ワークライフバランス
「残業が多すぎて家族との時間が取れなかった」
「有給が取りづらい雰囲気だった」
退職面談を組織変革のチャンスに変える
退職者の本音に耳を傾けることは、組織の弱点を発見し改善する絶好の機会です。重要なのは、批判として受け取るのではなく、組織をより良くするための貴重な情報として捉えることです。
セリフで見る建設的な対話
人事「率直に聞かせてください。もし後輩が同じような悩みを抱えないようにするには、どんな工夫があると思いますか?」
退職者「そうですね…月に1回でも、上司と一対一で話せる時間があれば違ったかもしれません。あと、他部署との連携がもう少しスムーズだと、仕事の幅も広がって面白かったと思います」
人事「具体的で貴重な意見をありがとうございます。今後の組織づくりの参考にさせていただきます」
こうした対話から得られた情報を基に、1on1ミーティングの導入や部署間コミュニケーションの改善など、具体的なアクションプランを立てることができます。
「言える組織」「言えない組織」の境界線
本音を話せる組織と話せない組織の境界線は、心理的安全性の違いにあります。退職時に限らず、日頃から「失敗を責めない」「提案を歓迎する」「多様な意見を尊重する」文化があるかどうかが、退職面談の質を左右します。
心理的安全性を高める日常の取り組み
- 朝礼での「改善提案コーナー」
- 失敗事例の共有と学習の場
- 上司からの積極的な質問と傾聴
- 「ありがとう」「助かった」の言葉の習慣化
退職者が本音を語らない組織は、在職中の社員も本音を言えない組織である可能性が高いのです。退職面談の改善は、組織全体のコミュニケーション改革の第一歩といえるでしょう。
本音を聞くことで見えてくる課題は時として厳しいものかもしれません。しかし、それに向き合う勇気がある組織だけが、本当の意味で人材に選ばれる会社になれるのではないでしょうか。
「なぜ言えなかったのか」から「どうすれば言えるようになるのか」へ。
視点を変えることで、組織は必ず変わっていきます。

