「先生、うちの若手にもっと”人間力”をつけてほしいんです。研修にも出しているんですが、正直、あまり変わった気がしなくて……」
経営のご相談の場で、こんなお話をいただくことがよくあります。
そのお気持ち、よく分かります。社員に成長してほしい、いい仕事人生を送ってほしいと本気で思うからこそ、研修という形でなんとか背中を押したくなるんですよね。
ところが、投資したわりに手応えがない、という声も同じくらいよく耳にします。実はその”手応えのなさ”には、ちゃんと理由があります。この記事では、人間力とは何かを整理したうえで、なぜ研修だけでは育ちにくいのか、そして職場で実際にできる育て方をお伝えします。
人間力とは?内閣府の報告書はこう整理している
「人間力」は、人によって思い浮かべる中身がバラバラになりやすい言葉です。よく引用されるのは、2003年に内閣府の人間力戦略研究会がまとめた報告書で、社会の一員として、自立して力強く生きていくための総合的な力と説明されています。
この報告書は、人間力を大きく3つの要素で整理しています。
ここで大事なのは、人間力が「性格のいい人」という意味ではないことです。考える力・人と関わる力・自分を律する力の組み合わせですから、コミュニケーション研修を一つ受ければ完成、という単純なものではありません。
なぜ今、社員の人間力が問われるのか
背景の一つは、社員の”仕事への向き合い方”の変化です。マイナビキャリアリサーチLabの2026年調査では、社員の46.7%が、必要最低限の仕事しかしない「静かな退職」の状態にあるとされ、20代では50.5%と最も高い結果でした。
もちろん、この数字がすべての会社にそのまま当てはまるわけではありません。ただ、指示されたことだけをこなす社員が増えるほど、自分で考えて動く力や、周りと協力する力といった人間力の部分が、そのまま会社ごとの差になっていきます。
もう一つは人手不足です。業種や職種によって状況は違いますが、採用だけでは補いにくい会社にとって、今いる社員が力を伸ばすことは、そのまま会社の力になります。
研修だけでは育ちにくい理由——「70:20:10」の考え方
人材開発の分野に、「70:20:10(ナナ・ニイ・イチ)」と呼ばれる考え方があります。米国のCenter for Creative Leadershipの研究者らが、管理職およそ200人に「今の力はどこで身についたか」を尋ねた調査をもとにまとめたもので、成長の場面は次のように整理されます。
| 70 | 仕事上の経験 任された仕事、難しい課題、失敗からの学び |
| 20 | 人との関わり 上司・先輩・同僚からのフィードバックや対話 |
| 10 | 研修・読書などの学習 知識や考え方の土台を得る場 |
念のためお伝えすると、これは厳密な科学的法則ではなく、あくまで“目安”です。実際の割合は職種や人によって変わります。それでも、「研修だけでは足りない。日々の経験と、人からのフィードバックの比重が大きい」という方向性は、多くの現場の実感と重なるのではないでしょうか。
研修で学んだ「傾聴」も「リーダーシップ」も、翌日から任される仕事や、上司・先輩とのやりとりの中で使う場面がなければ、知識のままで終わってしまいます。逆に言えば、人間力は「研修に出すこと」より、「任せて、支えて、振り返ること」で育つのです。
では、職場で具体的に何をすればいいのか。70:20:10の3つの場面に沿って、5つの方法を整理します。
方法① 学びの機会をつくる(研修の「10」を活かす)
知識は、人間力の土台になります。社内研修、オンライン講座、業界のカンファレンスへの参加など、社員が学び続けられる機会を用意することは、もちろん大切な第一歩です。
ポイントは、研修を「受けさせて終わり」にしないことです。研修の翌週に「学んだことを使える場面」を意図的につくるだけで、10の学びが70の経験につながっていきます。
方法② コミュニケーションの機会を増やす(人から学ぶ「20」)
効果的なコミュニケーションは、チームの内外で関係を築き、保つうえで欠かせません。話し方の研修も有効ですが、それ以上に効くのが、上司や先輩との日常的な対話とフィードバックです。
たとえば、経験の浅い社員に先輩がつくメンター制度は、20の学びを仕組みにする代表的な方法です。また、聴き手の姿勢が変わると社員の話しやすさも変わりますので、傾聴とは何かもあわせて読んでみてください。
方法③ チームビルディングで信頼関係を育てる
協調性やチームワークは、定期的なチームビルディング活動で育ちます。社員同士の信頼関係が深まると、協力して目標を目指す文化が根づいていきます。具体例は次のとおりです。
- ワークショップ・セミナー:外部講師を招き、コミュニケーションやリーダーシップを体験的に学ぶ
- アウトドア活動:ハイキングやチーム対抗のスポーツ大会などで、信頼構築とリフレッシュを兼ねる
- 社内コンテスト:アイデアや写真のコンテストで、創造性とチームワークを高める
- ボランティア活動:地域の清掃活動などを通じて、社会貢献とチームの一体感を育てる
- ソーシャルイベント:社内パーティーや社員旅行などで、親睦を深める
- ゲーム形式のトレーニング:アイスブレイクなどで、協力の大切さを体感する
ただし、休日のイベントを半ば強制すると、かえって負担感が生まれることもあります。業務時間内に、参加しやすい形で行うのがコツです。
方法④ 任せて、経験させる(人間力の「70」はここで育つ)
人間力を育てるうえで最も比重が大きいのが、仕事を任せることです。専門的にはエンパワーメントと呼ばれ、社員に責任と権限を渡し、自分の判断で動けるようにすることを指します。任されて初めて、自立心やリーダーシップ、問題解決力が磨かれます。
とはいえ、こんなご心配もあるでしょう。
「でも先生、任せて失敗されたら困るんです」
そのご心配は、もっともです。お客様に迷惑がかかる仕事を、いきなり丸ごと任せるわけにはいきませんよね。だからこそ最初は、失敗しても取り返せる範囲の仕事から任せてみてください。そして失敗したときは、責めるのではなく「どう考えてそうしたの?」と一緒に振り返る。この振り返りが、経験を人間力に変えるスイッチになります。
「指示待ち」に悩んでいるなら、自己決定理論を活用して指示待ち部下を自立社員に変える方法も参考になります。
方法⑤ 行動の基準を、みんなで言葉にする
組織として倫理的な基準を明確にし、それに沿って行動することを促すと、社員の倫理観も高まります。倫理的な行動を評価し、不正には毅然と対処することが大切です。基準の例として、次のような7つの規範があります。
- 誠実性:すべての業務を正直かつ公正に行い、虚偽の報告や不正はしない
- 透明性:情報を適切に共有し、透明性のある意思決定を行う。秘密情報は正当な理由なく漏らさない
- 公平性:従業員・顧客・取引先を平等に扱い、差別やハラスメントを禁止する
- 責任感:企業の社会的責任を自覚し、不正を見つけたら適切な手段で報告する
- 尊重:同僚・顧客・競合他社に敬意を持ち、他者の権利を尊重する
- 持続可能性:長期的な視点で、環境にも配慮した事業活動を行う
- 法令遵守:国内外の法令・規制・業界基準を守り、適切なコンプライアンス体制を整える
こうした基準は、社員から意見を集めながらつくることが有効です。実際の業務で出会いそうな「迷う場面」を一緒に考えると、自分ごととして腹に落ちます。つくった基準は、定期的な研修や日々の対話で浸透させ、日々の意思決定に反映されて初めて企業文化になります。
人間力が育たない職場に共通する3つのサイン
ここまでの方法を実践しようとするとき、まず自社の状態を確かめておくと、手をつける順番が見えてきます。次の3つに心当たりはありませんか。
- 失敗が話題にならない:失敗が隠される職場では、振り返りができず、経験が学びに変わりません。
- 研修の感想は聞くが、その後の変化は誰も見ていない:学びを使う場面がないまま、知識で終わってしまいます。
- 若手に回ってくるのは、雑務ばかり:判断や責任を伴う仕事が経営者や先輩に集中していると、成長の機会が生まれません。
私が経営相談の現場で感じること
経営のご相談で「若手の人間力を高めたい」とうかがったとき、私がまずお聞きするのは、研修の内容ではありません。「その社員さんに、最近どんな仕事を任せましたか?」ということです。
すると、私の経験では、研修には熱心に送り出しているのに、任せる仕事は経営者や先輩が握ったまま、というケースが少なくありません。それは悪気などではなく、失敗させたくない、迷惑をかけたくないという優しさからそうなっています。
ただ、その優しさが、人間力を伸ばす一番の場面を先送りしていることもあります。研修に出す前に、あるいは研修と同じくらいの熱量で、「何を任せるか」を考える。それが、遠回りに見えて一番の近道だと感じています。
今日からできる3つの一歩
- 今週、社員1人に「目的だけ伝えて任せる」仕事を1つ選ぶ(失敗しても取り返せる範囲で)
- 任せたあとに、5分の振り返りをする(「どう考えた?」と問いかけ、結果だけでなく取り組み方も認める)
- 研修に出した社員には、翌週に学びを使える場面をつくる(学びを経験につなげる)
人間力を高める取り組みは、一朝一夕には成果が出ません。それでも、社員一人ひとりが自分の可能性を発揮できるようになると、変化に強く、困難な状況でも柔軟に動ける組織になります。仕事だけでなく、社員自身の人生が豊かになることも、経営者が目指したい大切な目標の一つではないでしょうか。
「うちの場合、何から手をつければいいか整理したい」という方は、経営の伴走顧問のページもご覧ください。

