「うちのAさん、まじめでスキルもあるのに、最近どうも覇気がなくて……」。ある社長から、こんな相談を受けたことがあります。仕事はきちんとこなす。指示されたことは、きちんとやる。でも、それ以上のことをしようとしない——。
実はこれ、多くの中小企業に共通する、見えにくいけれど深刻な課題です。
本ブログでは、心理学と脳科学の知見から、社員一人ひとりの「持ち味」を活かす経営がなぜ効果的なのかを探り、その入り口となる「ジョブクラフティング」という考え方を、経営者のみなさんに紹介します。
「持ち味」を活かす経営の価値
個性の尊重が生み出す創造性
社員が自身の特性や興味を活かせる職場環境は、多様なアイデアや解決策を促進します。
心理学における自己決定理論は、こうした内発的な動機づけが創造性を高めることを裏づけています。
図解:自己決定理論の3つの基本欲求
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自律性
自分のやり方で仕事を進められている感覚
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有能感
自分の力で成果を出せているという実感
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関係性
周囲とつながり、支え合えているという感覚
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この3つが満たされるほど、人は内発的に動機づけられるとされる(デシ&ライアンの自己決定理論より)
脳科学が示す、モチベーションと生産性の関係
脳科学の研究は、個人の強みを活かすことで脳の報酬システムが活性化し、ドーパミンの分泌を促すことを示しています。
これは社員のモチベーションの向上と直結し、結果として生産性の向上につながります。
ジョブクラフティングとは何か
「持ち味を活かす」というと、経営者側が社員の配置や役割を工夫することをイメージするかもしれません。
ですが実は、それ以上に効果的なアプローチがあります。社員自身が、自分の仕事の「やり方」「関わる人」「捉え方」を、主体的に作り変えていくことです。これを心理学ではジョブクラフティングと呼びます。
2001年に組織心理学者エイミー・レズネスキーらが提唇したこの概念は、同じ職種・同じ役職であっても、働く人が自分の持ち味に合わせて仕事を“編集”することで、やりがいや意味づけが大きく変わる、という考え方です。
ジョブクラフティングには、次の3つの次元があります。
図解:ジョブクラフティングの3つの次元
| ① タスク・クラフティング | 仕事の「やり方」や「範囲」を自分で調整する。 例:得意な資料作成を買って出る、苦手な電話対応を得意な人と分担する。 |
| ② 関係性・クラフティング | 仕事で関わる「人」や「関わり方」を自分で調整する。 例:他部署に相談相手を見つける、後輩の相談役を自ら引き受ける。 |
| ③ 認知的クラフティング | 仕事の「意味づけ」を自分で調整する。 例:単なる伝票処理を「会社の資金繰りを守る仕事」と捉え直す。 |
出典:Wrzesniewski & Dutton(2001)の理論を基に作成
なぜ2026年、ジョブクラフティングがこれまで以上に重要なのか
マイナビが2026年に発表した調査では、正社員の46.7%が「静かな退職」(必要最低限の業務だけをこなし、それ以上の意欲を見せない働き方)の状態にあると回答しており、20代に限ると50.5%にのぼります。
さらにZ世代を中心に、入社前にSNSで職場のリアルな評判を調べる行動が一般化しており、「やらされ仕事ばかりの会社」という評判は採用にも響きます。
与えられた仕事を、社員が自分ごととして作り変えられる余地があるかどうか——これが、静かな退職を防ぎ、定着率を左右する分かれ目になっています。
この視点は、以前ご紹介した「成長マインドセットとは?」とも重なります。育成に投資しても社員が変わらないと感じる社長ほど、一度「そもそも仕事を作り変える余地を与えているか」を点検してみる価値があります。
「全員が同じ基準で100点」を目指す弊害
日本の教育システムは、全員が同じ基準で100点満点を目指し、苦手を克服することに重点を置いてきました。
個々の特性や強みを伸ばす教育には、あまり焦点が当てられていません。これは、大変もったいないことです。
同じ発想のまま社会人になると、「決められた仕事を、決められたやり方で、ミスなくこなす」ことが評価のすべてになりがちです。ジョブクラフティングの発想は、この延長線上にはありません。
「持ち味」を活かす経営の実践
個々の強みの識別
経営者は、社員の個性や才能を理解し、それぞれの「持ち味」を明確に識別することから始めるべきです。これには、定期的なフィードバックや評価、強みに基づいたアセスメントツールの活用が有効です。以前ご紹介した「強みを活かすマネジメントとは?」の記事もあわせてご覧ください。
ジョブクラフティングを後押しする役割設計
社員が自分の強みを最大限に活かせる役割に配置することで、個人の満足度を高めると同時に、企業の目標達成に貢献することが可能になります。
ただし、役割を固定しすぎないことも大切です。「ここまでが自分の仕事」という線引きを緩め、社員自身が仕事の範囲を多少調整できる余白を残すことが、ジョブクラフティングを起こす土壌になります。
多様性を促進する文化の醸成
個性を尊重し、異なる視点やアイデアを歓迎する企業文化を確立することが重要です。このような文化は、開放的で革新的な思考を促し、組織全体の成長を促進します。
ジョブクラフティングが起きていない職場に共通する3つのサイン
図解:ジョブクラフティングが起きている職場/いない職場
| ✕ 起きていない職場 | ○ 起きている職場 |
| 指示の範囲を超える工夫や提案が、ここ数ヶ月出ていない | 「もっとこうしたら」という提案が自然に出てくる |
| 強みではなく「欠けている部分」ばかりが評価面談の話題になる | 強みを起点にした話題が評価面談に出てくる |
| 役割やマニュアルが細かく決まっていて、社員が自分のやり方を挟む余地がない | やり方や役割の範囲に、多少の裁量が残っている |
私が経営相談の現場で感じること
経営相談の現場でよくお会いするのが、「マニュアル通りにやらせているのに、なぜか社員が育たない」と悩む社長です。
お話をうかがうと、業務のやり方も、関わる相手も、仕事の意味づけまで、すべて会社側が決めてしまっているケースが少なくありません。
あるとき、経理担当の女性社員が、本来の伝票処理の仕事に加えて、社内の備品発注を自主的にまとめて管理するようになった、という会社がありました。誰かに頼まれたわけではなく、「発注がバラバラで無駄が多い」と自分で気づいて始めたことです。
社長にその理由を尋ねると、「彼女には元々、数字と細かい管理が得意な持ち味があった。それを伝票処理という狭い仕事の中だけに押し込めず、手を出していいという空気を作っていただけです」とのことでした。まさに、社員自身によるタスク・クラフティングが自然に起きた例だと思います。
今日からできる3つの一歩
- 社員一人と、担当業務の「やり方」「関わる人」「意味づけ」のどこかを自分なりに工夫できないか、一緒に考える時間を作る
- 評価面談で、欠けている部分だけでなく「最近、自分の判断で工夫したこと」を聞く質問を1つ加える
- マニュアルや役割分担のうち、厄密に守らなくても支障のない部分を洗い出し、あえて余白を残す
まとめ
冒頭の社長のAさんのように、まじめでスキルもあるのに覇気が感じられない社員は、決して珍しくありません。多くの場合、それは本人のやる気の問題ではなく、自分の持ち味を仕事の中で発揮する余地が、単に用意されていないだけです。
ジョブクラフティングという視点を持つと、経営者がすべてを設計し尽くすのではなく、社員自身が仕事を“編集”できる余白を残すことが、いかに大きな力を持つかが見えてきます。
社員が自身の特性や才能を仕事に活かすことができれば、彼らの満足度は高まり、組織への貢献度も増します。
変化し続けるビジネスの世界で成功を収めるためには、経営者は従業員の多様性を受け入れ、それぞれの「持ち味」を認識し、活用する必要があります。
このプロセスは、従業員の能力を最大限に引き出し、企業のイノベーションと生産性を促進します。
ぜひ一度、経営の伴走顧問で、貴社の“持ち味を活かす仕組み”について一緒に考えてみませんか。

