「先生、正直に言うと……研修にはそれなりにお金をかけてきたんです。でも、変わる人は変わるし、変わらない人はまったく変わらない。何年経っても同じところでつまずく社員を見ていると、”もう研修しても無駄なんじゃないか”って思ってしまうことがあるんですよ」
そう肩を落とす社長の気持ち、よくわかります。せっかく時間とお金をかけたのに、社員によって成果に差が出てしまうと、投資そのものが無駄だったんじゃないかと感じてしまいますよね。
でも実は、この「差」の正体は、本人の地頭や才能ではないことが、心理学の研究からわかっています。カギを握るのは、学ぶ本人が「自分の能力は伸ばせる」と信じているかどうか——心理学でいう「成長マインドセット」の有無なんです。
このブログでは、なぜ同じ研修・同じ環境を与えても社員の伸びに差が出るのか、そして経営者として何をすれば「学び続ける組織」をつくれるのかを探ります。
「学び続けるしかない時代」に、経営者は何をすべきか
現代は「人生100年時代」と呼ばれ、技術革新の速度は加速し続けています。この変化の波は、企業経営においても無視できない影響を及ぼしています。生成AI、ビッグデータ、ロボット工学などの技術は、従来の仕事のやり方を根本から変え、新しい職種を生み出しています。
この状況は、従業員に対して継続的な学習と自己研鑽の重要性を強調します。経営者としては、従業員が最新の知識と技術を身につけ、変化する市場に適応できるようサポートすることが不可欠です。
ただし、ここで見落とされがちなのが、「学ぶ機会を用意すること」と「実際に学ぶ人が育つこと」は、イコールではないという点です。同じ研修を受けても、それを自分の力に変えていく人と、右から左へ聞き流してしまう人がいる——その差は、次の見出しで説明する考え方が握っています。
なぜ、同じ研修を受けても「伸びる人」と「伸びない人」に分かれるのか
スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックは、長年の研究から、人が「自分の能力」についてどんな前提を持っているかによって、成長のしかたが大きく変わることを明らかにしました。
一つは「硬直マインドセット」。「能力は生まれつき決まっていて、努力してもあまり変わらない」という前提です。この前提を持つ人は、失敗を「自分に才能がない証拠」と受け止めやすく、評価が下がることを恐れて新しい挑戦を避けがちになります。
もう一つは「成長マインドセット」。「能力は努力と工夫しだいで伸びていく」という前提です。この前提を持つ人は、失敗を「次に活かすための情報」と捉え、慣れないことにも一歩踏み出しやすくなります。
同じ研修・同じ上司・同じ会社にいても、この前提の違いだけで、数年後の姿はまったく別のものになります。自己効力感とは?が「今の自分ならできる」という自信だとすれば、成長マインドセットは「これから自分は伸びていける」と信じる力だと言えます。両方が揃って、人は初めて安心して挑戦できるようになります。
| ・失敗を「才能がない証拠」と捉える |
| ・慣れないやり方への挑戦を避ける |
| ・「この人はこういう人」と評価を固定する |
| ・失敗を「次に活かす情報」と捉える |
| ・慣れないやり方にも、まず試してみる |
| ・「今はまだ」という言葉で可能性を残す |
大事なのは、これは生まれつきの性格ではなく、本人の経験や周囲の関わり方によって後天的に育てられるという点です。つまり、経営者・管理職の関わり方しだいで、社員を「硬直」から「成長」へ動かすことができるのです。
なぜ2026年、成長マインドセットがこれまで以上に重要なのか
厚生労働省が2026年に公表した令和6年度「能力開発基本調査」によると、正社員のうち自己啓発(自主的な学び直し)を実施した人の割合は45.3%。裏を返せば、正社員の半数以上が、自ら学ぶ習慣を持てていないということです。さらに同調査では、事業所の79.9%が人材育成・能力開発に関して「何らかの問題がある」と回答しています。
生成AIの普及で仕事の進め方そのものが数年単位で変わっていく今、「これまでのやり方がこの先も通用する」という前提はもう成り立ちません。学び続けられる社員をどれだけ抱えられるかが、会社の競争力を大きく左右する時代になっています。
従業員のキャリア発展を、会社がどう支えるか
心理学の「キャリア発達理論」では、個人のキャリアはその人の生涯にわたって発展し、変化するものと捉えられます。これは経営戦略においても重要な意味を持ちます。従業員が自らのキャリアパスを探求し、発展させるための環境を提供することは、組織の成功に直結します。
経営者は、従業員が自らの興味・能力・価値観に合ったキャリア目標を設定し、達成できるよう支援する必要があります。
今日から始められる、5つの具体策
①学び続ける仕組みをつくる
最新の技術や業界のトレンドに関する研修を定期的に提供し、従業員が自らのスキルを維持・向上させる機会を作ります。全従業員が最新の技術ツールやソフトウェアを効率的に使用できるよう、定期的なトレーニングを組み合わせることで、デジタル変革を促進し、組織全体の生産性を向上させます。
②一人ひとりのキャリア発展計画
従業員一人ひとりのキャリア目標に応じた個別の発展計画を作成し、目標達成に向けた支援を提供します。
③メンター制度
経験豊富な職員が若手や新入社員のメンターとなり、キャリアの指針やアドバイスを提供します。
④柔軟な働き方の推進
ライフステージや個人のニーズに合わせた柔軟な働き方をサポートし、ワークライフバランスの実現を助けます。多様なバックグラウンドを持つ従業員が自らのポテンシャルを最大限に発揮できるよう、包摂的な職場環境を作り上げることも、この一環です。
⑤承認とフィードバックの文化
定期的なフィードバック面談を通じて、従業員の成長と発展をサポートします。オープンで透明性のあるコミュニケーションを促進し、従業員が自分のキャリアについて積極的に考え、計画する文化を育成します。「見てもらえている」という実感は、承認欲求を満たすだけでなく、次の挑戦への意欲そのものを支えます(承認の文化とは?で詳しく解説しています)。
成長マインドセットを妨げる、社長がやりがちなNG行動
現場で経営相談を受けていると、経営者自身が知らず知らずのうちに、社員の成長マインドセットを摘んでしまっている場面に出会うことがあります。共通するのは、次の3つです。
- 結果だけを見て、プロセスを見ない――「できたか、できなかったか」だけで評価すると、社員は挑戦そのものを避けるようになります。
- 「あの人はこういうタイプだから」で決めつける――一度失敗した社員に「この仕事は向いていない」とレッテルを貼ると、本人もその評価を内面化してしまいます。
- 完璧な状態でしか任せない――「まだ早い」を理由に新しい役割を任せ続けないと、本人が挑戦する機会そのものが失われます。
私が経営相談の現場で感じること
以前、ある製造業の社長からこんな相談を受けたことがあります。「ベテラン社員が新しい生産管理システムをなかなか覚えようとしない。若手はすぐ使いこなすのに」と。
よく話を聞いてみると、そのベテラン社員は、過去に別のシステム導入で操作を間違え、上司から強く叱られた経験があったそうです。それ以来、「新しいものに手を出して失敗するくらいなら、今のやり方を守るほうがいい」という前提が、本人の中にできあがっていました。これはまさに、硬直マインドセットが後天的に作られてしまった例です。
その後、社長が「操作を間違えても構わない、聞きながら覚えればいい」と繰り返し伝え、実際に小さな成功体験を積む機会を意識的に作ったところ、半年ほどでそのベテラン社員は、自らシステムの操作を若手に教える立場にまでなりました。マインドセットは、環境が変われば変わる——それを目の当たりにした出来事でした。
今日からできる3つの一歩
- 結果でなく、挑戦したプロセスそのものを言葉にして認める
- 「向いていない」ではなく「今はまだ」という言い方に変えてみる
- 小さく試して、小さく失敗できる場を意図的につくる
結論
人生100年時代を迎え、変化のペースが加速する中、経営者には従業員の継続的な学習とキャリア発展を支援することが求められています。
その土台になるのは、研修の量でも、予算の大きさでもなく、「能力は伸ばせる」という前提を社員自身が持てているかどうかです。経営者自身がこの前提を体現し、失敗を許容し、挑戦を認める関わり方を続けることが、組織の持続可能な成長とイノベーションへの鍵となります。
これからの時代を生き抜くためには、経営者と従業員が一丸となって、継続的な学びと変化への対応の道を歩んでいくことが不可欠です。社員研修サービスでは、こうした「学び続ける組織」づくりを一緒に考えるお手伝いをしています。「うちの社員は変わらない」と諦める前に、一度ご相談ください。

