「先生、うちの若手なんですけどね……本人にやる気がないわけじゃないと思うんですよ。でも、いざ新しい仕事を任せると、なかなか動き出せなくて。何度か声をかけて、ようやく手をつける、みたいな感じで」
そんな相談を受けることが、実はとても多いんです。「やる気がない」「甘えている」——そう片づけてしまいがちですが、心理学と脳科学の視点から見ると、そこにはもっとシンプルな理由が隠れています。成功への道は、行動を起こし、それを継続することにある。では、なぜ多くの人が行動できないのか、あるいは行動を継続できないのでしょうか。
行動できない理由——心理学と脳科学の視点
恐怖と不安
心理学において、行動を妨げる最も大きな障壁のひとつは恐怖です。特に失敗への恐怖や未知への不安は、行動を起こす前に私たちを立ち止まらせます。
脳科学的には、この恐怖は扁桃体によって処理され、ストレス反応を引き起こし、防御的な行動や”避ける”行動を促します。
報酬の遅延
脳は即時の報酬を好みます。遠い将来の報酬のために今を犠牲にすることに私たちが躊躇するのは、このためです。この現象は「割引率の過大評価」と呼ばれます。即時報酬を優先するこの脳の傾向は、長期的な目標に向けた行動を阻害します。
自己効力感の不足
心理学者アルバート・バンデューラは、自己効力感——「自分ならできる」という感覚——が行動に重要な影響を与えると指摘しました。自己効力感が低いと、たとえ小さな障害に遭遇しても、容易に挫折しやすくなります。これは、脳の前頭前野が関与する意思決定プロセスにも影響を及ぼします。
1 | 恐怖と不安 失敗・未知への恐れを 扁桃体が処理し、 “避ける”行動を促す |
2 | 報酬の遅延 脳は即時の報酬を好むため、遠い将来の目標に向けた行動を阻害する |
3 | 自己効力感の不足 「自分ならできる」という感覚が低いと、小さな障害でも挫折しやすい(バンデューラ) |
行動する人、継続する人の心理と脳のメカニズム
目標設定と動機付け
明確な目標を設定し、それに対する内発的な動機付けがある人は、行動を起こしやすいです。脳の側坐核と前頭前野がこのプロセスに関与しており、目標に向かって行動する意欲を高めます。
習慣の力
継続は力なり。習慣化された行動は、脳の中で異なる処理パスを通じて行われます。習慣は大脳皮質の下、特に基底核で処理されるため、意識的な努力を必要としなくなります。この自動化により、継続的な成功が可能になります。組織全体でこの好循環がどう生まれるかは、以前「雰囲気がいい会社」が業績も伸びる理由——GOODサイクル(成功の循環モデル)とはでも詳しく解説していますので、あわせて読んでいただけると理解が深まると思います。
なぜ2026年、自己効力感がこれまで以上に重要なのか
マイナビが2026年に発表した調査では、社員の46.7%が”静かな退職”の状態にあると回答しており、20代に限ると50.5%と最も高い割合を占めています。もちろんこれは業種や職種、会社ごとに差の大きいテーマですから、すべての若手社員が意欲を失っているわけではありません。ただ、「指示されたことはやるが、それ以上は動かない」という状態の背景に、実は自己効力感の低さが隠れているケースは少なくないのです。
出典:マイナビの2026年調査。業種・職種・会社ごとの差が大きいテーマで、すべての若手が意欲を失っているわけではありません。
また、今の20代は転職や就職活動の入り口で、企業の口コミやSNSでの評判を事前にチェックする行動が当たり前になっています。「この会社に入っても、自分は活躍できるだろうか」という自己効力感の見立てを、入社前からすでに始めているとも言えるでしょう。だからこそ、入社後の職場でその見立てを裏切らない”できた”という体験を用意できるかどうかが、これまで以上に問われています。
自己効力感が低い職場に共通する3つのサイン
経営相談の現場で見ていると、自己効力感が低い状態が組織に広がっている職場には、共通する兆候があります。
- 挑戦する前に「できません」が先に出る——新しい仕事を打診すると、まず難しい理由が並ぶ
- 小さな失敗で必要以上に落ち込む・委縮する——一度のミスを引きずり、次の行動が遅くなる
- フィードバックを”評価”としてしか受け取れない——アドバイスをダメ出しと感じ、次の行動に活かせない
これらは「本人のやる気」の問題というより、「自分はやればできる」という感覚がまだ十分に育っていないサインと捉えたほうが、対処法が見えてきます。
! | 挑戦前に 「できません」が出る 新しい仕事を打診すると、まず難しい理由が並ぶ |
! | 小さな失敗で委縮する 必要以上に落ち込み、ミスを引きずって次の行動が遅くなる |
! | 助言を“ダメ出し”と受け取る フィードバックを評価としか感じられず、次に活かせない |
本人のやる気の問題というより、「自分はやればできる」という感覚が育っていないサインです。
私が経営相談の現場で感じること
経営相談の現場でよくお聞きするのが、「任せているのに、なかなか自分から動いてくれない」というお悩みです。よくよく話を伺うと、任せている仕事の粒度が最初から大きすぎることが多いんですね。「来月までにこの新規プロジェクトを立ち上げて」といった具合に、ゴールまでの距離が遠すぎると、自己効力感の低い社員ほど最初の一歩が踏み出せなくなります。
逆に、任せる仕事を「今週中にヒアリング先を3件リストアップする」くらいまで小さく区切ってあげると、驚くほどあっさり動き出すことがあります。「できるかどうか」を問う前に、「できた」という体験を先に用意してあげる。それだけで行動のスイッチが入る社員は、実は少なくないんですよ。そして、その小さな達成を見逃さずに言葉で伝えることも欠かせません。承認欲求とは?「見てもらえていない」社員から辞めていく理由でも触れていますが、承認は”評価”としてではなく、”あなたの行動を見ている”というメッセージとして届けることが大切です。
ゴールが遠く、
最初の一歩が出ない
すぐ「できた」が見える大きさ
「できるかどうか」を問う前に、「できた」という体験を先に用意する。
成功することの「簡単さ」
成功への道は、心理的障壁を乗り越え、脳のメカニズムを理解し利用することで、意外とシンプルであることが分かります。たとえば、小さな成功体験を積み重ねることで自己効力感を高め、その経験が新たな行動を促す好循環を生み出します。また、目標を細分化し、小さなステップに分けることで、達成感を頻繁に感じることができ、脳の報酬システムを効果的に活用できます。
小さな達成は、その場で
言葉にして伝える。
具体的な事例
事例1: 大学入試の合格
一人の高校生が、難関大学への合格を目指していました。当初は自己効力感が低く、長時間の勉強に対するモチベーションを維持できませんでした。しかし、小さな目標(例えば、毎日の単語テストで100点を取ること)を設定し、それを達成するたびに自分を褒めたたえることで、徐々に自信を築いていきました。このプロセスは脳の報酬システムを刺激し、勉強に対する内発的な動機付けを強化しました。結果、彼は継続的に勉強を続け、目標であった大学に合格することができました。
事例2: 起業家の成功
ある起業家は、新しいビジネスアイデアに基づいて会社を立ち上げました。初期の挫折や失敗にも関わらず、彼女は自己効力感を保ち続けました。これは、以前に達成した小さな成功(プロジェクトでの勝利、良好なフィードバックなど)を思い出し、それらから学んだレッスンを活用することで、困難な状況を乗り越える力を得たからです。また、彼女は長期目標を短期の実現可能な目標に分割することで、ステップバイステップで前進し、最終的には業界で認められる成功を収めることができました。
今日からできる3つの一歩
- 任せる仕事を、数日以内に「できた」が見える大きさまで分解する
- 小さな達成を、その場ですぐ言葉にして伝える(あとでまとめて、にしない)
- 失敗した時こそ、責めるより先に「次に活かせる情報」を一緒に探す
一人ひとりの自己効力感をどう育てるかは、日々のマネジメントの積み重ねです。とはいえ、社長おひとりで組織全体の仕組みまで設計するのは簡単なことではありません。経営の伴走顧問では、こうした一人ひとりの行動変容が起きやすい仕組みづくりも含めて、一緒に伴走しています。
結論: 行動と成功への道
成功への道は、恐怖や不安を乗り越え、自己効力感を高めることから始まります。目標を明確にし、それを達成するための習慣を形成することが重要です。心理学と脳科学の知見を活用することで、私たちは自分自身の限界を超え、行動する力を内から引き出すことができます。
成功は、遠い未来の大きな目標を達成することだけでなく、日々の小さな行動の積み重ねによってもたらされます。
行動する人は成功し、継続する人はさらに大きな成功を収めることができるのです。

