心理的安全性とは、”仲良し”のことではない——ぬるま湯の罠にハマる経営者へ

仲良し職場は危険信号かも 心理的安全性の誤解

「うちは仲良しですから、心理的安全性はバッチリですよ」

先日、ある製造業の社長さんとお話ししていて、こう胸を張られました。社員同士の飲み会も多いし、社長である自分にもタメ口で話しかけてくる若手がいる。だから風通しはいいはずだ、と。

でも、話を聞いていくと少し様子が違いました。「新しい設備投資の提案、誰か反対意見ある?」と会議で聞いても、誰も手を挙げない。数ヶ月後にトラブルが起きてから、「実はあのとき気になってたんですよね」という声がポツポツ出てくる。——これ、仲がいいのと、意見が言えるのは、まったく別の話なんです。

目次

「心理的安全性」とは、そもそも何か

心理的安全性(psychological safety)は、ハーバード・ビジネス・スクールの組織行動学者エイミー・エドモンドソンが提唱した概念です。ざっくり言うと「このチームでは、対人関係のリスクを取っても大丈夫だ、と信じられる状態」のことです。

もう少しかみ砕くと、こういうことです。

  • 「こんな初歩的な質問をしたら、無知だと思われるかも」
  • 「これを指摘したら、上司の機嫌を損ねるかも」
  • 「失敗を報告したら、評価が下がるかも」

——こうした不安を抱かずに、思ったことを口にできるかどうか。それが心理的安全性の中身です。Googleが2012年に始めた「プロジェクト・アリストテレス」という大規模な社内調査でも、生産性の高いチームに共通する最大の要因はこの心理的安全性だった、という結果が出て、世界的に注目されるようになりました。

「仲良し」と「心理的安全性」は、似ているようで別物

ここで多くの経営者が引っかかるのが、この違いです。仲がいい職場、和気あいあいとした職場は、一見すると心理的安全性が高そうに見えます。でも、エドモンドソン自身が繰り返し強調しているのは、心理的安全性は「仲良し」でも「ぬるま湯」でもない、ということです。

むしろ心理的安全性が本当に高いチームというのは、率直に意見をぶつけ合い、時には厳しい指摘もし合いながら、同時に高い成果基準を求め続ける状態のことを指します。「仲がいいから、あえて波風を立てない」というのは、心理的安全性が高いのではなく、むしろ低い状態——対人関係のリスクを避けている状態なんですね。

なぜ、この二つを混同してしまうのか

理由はシンプルで、「仲がいい」も「意見が言いやすい」も、どちらも表面的には”雰囲気が柔らかい”職場に見えるからです。社長や上司からすると、社員が笑顔で話しかけてくれる、飲み会に来てくれる——そのわかりやすいサインだけを見て、「ウチは大丈夫」と判断してしまいがちです。

でも、雑談ができることと、経営判断に異を唱えられることの間には、実は大きな距離があります。社長がその距離に気づくのは、たいてい問題が起きてからです。

「ぬるま湯組織」に共通するサイン

心理的安全性が低いのに、雰囲気だけは良く見える「ぬるま湯組織」には、いくつか共通するサインがあります。

  • 会議で反対意見がほとんど出ない(出ても、社長が結論を言ってから同調するだけ)
  • ミスやトラブルの報告が、起きてからかなり時間が経ってから上がってくる
  • 1on1や面談で、社員が当たり障りのない話しかしない
  • 「言っても変わらないから」という言葉が、社員の口からよく出る

心当たりのある経営者の方、少なくないのではないでしょうか。

心理的安全性を勘違いしたまま経営を続けると、何が起きるか

一番怖いのは、問題の発見が遅れることです。現場の違和感や小さなリスクは、たいてい経営者よりも先に、現場の社員が気づいています。それを言い出せる空気がなければ、問題は「もう手遅れ」というタイミングまで社長の耳に届きません。

加えて、優秀な人材ほど「意見を言っても無駄」な組織から離れていく傾向があります。心理的安全性の低さは、離職の遠因にもなりうるということです。

具体策1:経営者自身が「弱み」を先に見せる

心理的安全性は、制度や研修だけでは作れません。エドモンドソンの研究でも、リーダーの日々の振る舞いが最も大きな影響を与えるとされています。一番効果的なのは、経営者自身が「実は自分もこれで失敗したことがある」「この判断、正直まだ迷っている」と、先に弱みを見せることです。トップが弱みを見せられる場は、部下にとっても「自分が間違えても大丈夫な場」に見えてきます。

具体策2:反対意見を「歓迎している」と、態度で示す

「意見があれば言ってね」と口では言っても、実際に反対意見が出たときにムッとした顔をすれば、その一回で社員は学習してしまいます。「ああ、やっぱり言わないほうがいいんだ」と。逆に、反対意見が出たときに「ありがとう、その視点はなかった」と一言添えるだけで、次も言ってもらえる確率は大きく変わります。

「社長、正直に言っていいですか」——ある社員がそう切り出したとき、その一言が出てくるまでにどれだけの勇気が必要だったか。まずはそこに気づけるかどうかが、経営者の分かれ目です。

具体策3:ミスは「個人」ではなく「仕組み」の問題として扱う

ミスが起きたとき、「誰がやったんだ」と犯人探しから入る組織では、報告そのものが遅れたり、隠されたりします。「なぜこのミスが起きる仕組みになっていたのか」という問いに切り替えるだけで、社員は安心して報告できるようになります。これは甘やかしとは違います。原因を仕組みで捉えたほうが、結果として再発防止の精度も上がります。

その後、あの社長はどう変わったか

冒頭の社長は、その後、月次の会議の冒頭で「今月、自分が一番迷った判断」を先に話すようにしたそうです。最初は誰も反応しなかったものの、3ヶ月ほど経った頃、若手社員から「実はあの案件、少し違うやり方もあると思うんですが」という発言が出るようになったといいます。

「仲がいいのと、意見が言えるのは別物だったんですね」——社長自身がそう振り返っていたのが印象的でした。

管理職の評価基準があいまいなまま放置されている組織ほど、こうした”言えない空気”が生まれやすいという傾向も指摘されています。あわせて「管理職は罰ゲーム」と言われる理由——評価基準が”属人化”した会社ほど危ないもご覧いただくと、心理的安全性が損なわれる別の角度が見えてきます。

また、「仲がいいだけの組織」との違いという意味では、以前ご紹介したアホになれる上司はなぜ人を動かすのか?”ゆるいリーダー”の心理学もあわせてお読みいただくと、リーダーシップの角度からこのテーマを補完できます。

心理的安全性を土台からつくり直すには、評価制度や面談の仕組みそのものを見直すことも有効です。本当に評価制度が必要ですか?社員30人以下の会社が整えるべき”面談のしくみ”で、その具体的な進め方を紹介しています。

まとめ

  • 心理的安全性とは「仲がいいこと」ではなく、対人関係のリスクを取っても大丈夫だと信じられる状態のこと。反対意見や失敗の報告が、率直に言える空気があるかどうかが本質。
  • 「ぬるま湯組織」は雰囲気だけが良く見えて、実際には会議で反対意見が出ない・ミスの報告が遅れるといったサインがある。表面の仲の良さと混同しないことが第一歩。
  • 経営者自身が弱みを見せる、反対意見に「ありがとう」と返す、ミスを仕組みの問題として扱う——この3つの日々の振る舞いが、制度以上に心理的安全性を左右する。

心理的安全性は、一朝一夕には育ちません。ですが、経営者自身の振る舞いひとつから変わり始めるものでもあります。組織づくりの土台から一緒に整えたいという方は、経営の伴走顧問サービスもぜひご覧ください。

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