「最近、うちの管理職、なんか元気ないんですよね」——先日、ある社長からそんな相談を受けました。数字は悪くない。部下ともうまくやっている。でも、どこか”覇気”がない。理由を聞いても、本人は「別に、大丈夫です」としか言わない。実はこれ、今の日本の会社に広がりつつある”静かな異変”かもしれません。2026年7月30日、パーソル総合研究所が発表した「人事部トレンド定量調査2026」に、その正体を示すデータが載っていました。
「管理職は罰ゲーム」という言葉、聞いたことありますか
ここ数年、SNSやニュースで「管理職 罰ゲーム」という言葉を見かけるようになりました。プレイヤーとしての実務もこなしながら、部下のマネジメントも、上からの数字のプレッシャーも引き受ける。それでいて給料は残業代が出ていた頃とそう変わらない——そんな”割に合わなさ”を指す言葉です。「うちは大企業じゃないから関係ない話」と思う経営者も多いのですが、実はこの現象、会社の規模を問わず起きています。今日は、パーソル総合研究所の最新調査データをもとに、その原因を心理学の視点から解きほぐし、中小企業だからこそできる対策を考えていきます。
人事課題の重心が「採用」から「定着・活躍支援」へ
「人事部トレンド定量調査2026」は、全国の係長以上の正規雇用者・経営層2,000名を対象に、2026年3月に実施されたインターネット調査です。この中で、人事課題は2021年の前回調査と比べて「従業員全体の能力向上」や「企業理念の浸透」といった項目への課題感が下がり、代わりに既存人材の「定着・活躍支援」へと重心が移っていることが示されました。つまり、今どの会社でも起きているのは「採る」から「今いる人をどう活かすか」への意識のシフトです。ところが、その”活かす”役割を最前線で担っているのが管理職だという視点は、意外と抜け落ちがちです。
衝撃のデータ——管理職の評価基準、57.1%が「属人的」
同調査でとりわけ目を引いたのが、この数字です。「管理職の等級(グレード)が属人的になっている」と回答した割合が57.1%。つまり半数以上の会社で、誰がどの役職・等級にいるかが、明確な基準ではなく”その人個人の事情や経緯”で決まっているということです。さらに、「昇降格の基準が社内で明確に共有されている」と答えた企業はわずか22.2%、「評価にメリハリがついている」と感じている企業も26.6%にとどまりました。基準が曖昧なまま、管理職というポジションだけが重くなっていく——これが今、多くの会社の内側で起きていることです。
おまけに、働き方改革のしわ寄せも管理職へ
追い打ちをかけるように、同調査では「働き方改革によって管理職への負担が増えた」と感じている割合が4割を超えるという結果も出ています。部下の残業を減らそうとすればするほど、しわ寄せは管理職自身の仕事に来る。基準が見えない評価制度の中で、負担だけが増えていく。これでは「罰ゲーム」と呼ばれても仕方がない状況だと言えるでしょう。
なぜ「基準が見えない」ことが、これほど人をすり減らすのか
ここで心理学の話を一つだけさせてください。組織心理学に「手続き的公正」という考え方があります。これは、人は”結果”そのものより、”その結果に至るまでの決め方が納得できるものだったか”を強く気にする、という考え方です。たとえ昇格できなかったとしても、「どういう基準で、誰が、どう判断したのか」が見えていれば、人は意外と納得できるものです。ところが基準が属人的で見えないと、頑張った分だけ「結局、何を評価されているのか分からない」という不信感だけが積み上がっていきます。これが管理職にとって一番こたえるところです。部下からは突き上げられ、自分自身は”見えない基準”の中で評価される——板挟みの中で、頑張る理由そのものが揺らいでしまうのです。
「うちは基準、ちゃんとありますよ」——社長、それ、社員に見えてますか
ある会社の社長との会話です。「先生、うちは評価基準、ちゃんと作ってますよ」と胸を張られたので、私はこう聞き返しました。「では、その基準を最後に管理職の方に説明されたのはいつですか」。社長は少し黙ってから、「……人事考課の紙は毎年配ってますけど、説明会みたいなことはしてないですね」とおっしゃいました。基準が”存在する”ことと、基準が”見えている”ことは、まったく別の話です。紙の上にあるだけの基準は、属人的な基準と実質的に変わりません。
対策①:基準を「言語化」するのではなく「口に出す」
評価制度そのものを一から作り直す必要はありません。多くの会社にとって最初の一歩は、すでにある基準を”口に出す”ことです。期初に「今期、課長職に求めるのはこの3点です」と管理職の前で言葉にして伝える。それだけで、評価という行為が”密室で行われるブラックボックス”から、”共有された物差し”に変わります。すでに評価制度が必要かどうかを考えるうえでの面談のしくみを整えた会社であれば、その面談の冒頭でこの一言を添えるだけで十分です。
対策②:評価の”理由”を一行添える
評価をつける際、点数や等級だけでなく「なぜその評価にしたか」を一行でいいのでメモに残し、本人に伝える。これだけで、評価される側が感じる納得感は大きく変わります。以前の記事「評価制度をつくったのに、なぜ社員の不満は減らないのか」でも触れましたが、評価する側にも無意識のクセ(ハロー効果や中心化傾向など)があります。基準を口に出し、理由を書き残す習慣は、評価者自身のクセに気づく訓練にもなります。
対策③:管理職自身のための1on1を、経営者がつくる
管理職は「評価する側」であると同時に「評価される側」でもあります。ところが多くの会社で、部下との1on1は制度化されていても、経営者と管理職との1on1は”何かあったときだけ”になりがちです。月に一度、15分でいいので、業務報告ではなく「最近どうですか」という雑談ベースの時間を作る。これだけで、管理職が板挟みの中で溜め込んでいるものに、経営者が早く気づけるようになります。辞めた社員が友人にだけ語った本音の退職理由の記事でも紹介したように、本音は制度化された面談よりも、雑談の中でこぼれ落ちることが多いものです。
権限も一緒に渡す——負担だけを増やさない
もう一つ大切なのは、負担を増やすなら権限も一緒に渡す、という発想です。「部下の評価はお願いします、でも最終決定は私が」というやり方を続けていると、管理職は責任だけを背負わされている感覚になります。小さな裁量(たとえば部下の1万円以下の経費決裁や、シフトの微調整など)から権限を移していくことで、管理職は「任されている」という手応えを持てるようになります。これは、経営者が一人で抱え込みがちな中小企業ほど、効果が大きい対策です。
大企業の”制度疲れ”を、中小企業は追いかけなくていい
今回の調査対象は従業員300名以上の企業が中心で、いわば「制度は整っているはずの会社」です。それでも属人化57.1%、基準の共有22.2%という数字が出ているということは、制度の複雑さそのものが問題の本質ではないということです。中小企業には、大企業のような何十ページもの評価マニュアルは必要ありません。むしろ「社長が自分の言葉で、管理職に基準を語れるかどうか」のほうが、よほど強い武器になります。
まとめ
パーソル総合研究所の調査は、管理職を追い詰めているのが「忙しさ」だけでなく、「基準が見えないこと」でもあると教えてくれます。今日からできることを3つにまとめます。
- 評価基準は”紙に書いてあるだけ”にせず、期初に管理職の前で口に出して伝える
- 評価をつけるときは、点数だけでなく「なぜその評価か」を一行メモして本人に伝える
- 部下との1on1だけでなく、経営者と管理職との雑談ベースの1on1を月1回つくる
管理職が「罰ゲーム」と呼ばれる時代だからこそ、基準を見せる会社は、見せない会社より確実に選ばれやすくなります。もし評価制度や管理職育成について、うちの会社の場合はどう手をつければいいか相談したいという方は、経営の伴走顧問サービスもぜひご活用ください。

