評価制度をつくったのに、なぜ社員の不満は減らないのか——評価者が陥る”5つの心理のクセ”

なぜ評価は歪むのか 評価者が陥る5つの心理バイアスを表すブログのアイキャッチ画像

「評価制度、ちゃんと入れたんですよ。お金もかけて、シートもつくって。……なのに、なぜか社員の不満は前より増えてる気がして」。先日、ある製造業の社長さんが、少し疲れた顔でそうおっしゃいました。じつはこれ、めずらしい悩みではありません。制度を整えたのに、かえって職場の空気がぎくしゃくする——多くの経営者が、どこかで通る道です。

なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。答えは、制度そのものではなく、「評価する人の目」のほうにあります。今日は、評価者が無意識に陥ってしまう「5つの心理のクセ」——専門的には評価エラー(評価バイアス)と呼ばれるものを、経営の現場の言葉に翻訳してお話しします。読み終えるころには、「あの評価、あれはクセだったのか」と、思い当たる場面がきっと出てくるはずです。

目次

「評価制度、入れたんですよ。でも……」ある社長の嘆き

その社長さんの会社では、去年から5段階評価のシートを導入したそうです。ところが、フタを開けてみると——。

「課長がつけた評価、ほとんど全員が『3』なんですわ。誰ひとり4も2もつかへん。これ、なんのために時間かけたんやろ、と」

思わず苦笑いしてしまいました。でも、これは課長さんが手を抜いたわけでも、意地悪をしたわけでもありません。人間の脳が、無意識にそうさせているのです。「差をつける」という行為は、私たちが思う以上に、心理的な負担が大きい。だから脳は、いちばんラクな「真ん中」へと逃げたがる。これがまさに、あとで出てくる「クセ」のひとつなのです。

6割の中小企業が、いまだ評価制度を持っていない

そもそも、日本の中小企業の約6割は、明確な人事評価制度をまだ持っていないと言われます。「うちみたいな規模で、大げさな制度は要らんやろ」——そう考える経営者は少なくありません。気持ちはよく分かります。

けれど、人手不足がこれだけ深刻になると、話は変わってきます。正しく評価されないと感じた社員は、静かに会社への信頼をすり減らし、やがて辞めていく。逆に、納得できる評価は「ちゃんと見てもらえている」という安心につながり、定着の土台になります。制度を持つこと自体は、もはや贅沢ではなく必要になりつつあるのです。制度の要不要をどう考えるかは、こちらの記事(本当に評価制度が必要ですか?)でも掘り下げていますので、あわせてどうぞ。

制度は”入れ物”にすぎない——問題は「測る人の目」

ここで、大事な視点をひとつ。評価制度とは、いわば「モノサシ」という入れ物にすぎません。どんなに立派なモノサシを用意しても、それを当てる人間の手が震えていたら、正しい寸法は測れない。

そして人間の目は、放っておくと必ず”歪み”ます。これは能力や善意の問題ではなく、脳の仕組みです。だからこそ、まず「どんなふうに歪むのか」を知っておくことが、いちばんの対策になります。順番に見ていきましょう。

クセ①ハロー効果——ひとつの光が、すべてをまぶしくする

「ハロー」とは、聖人の頭のうしろに描かれる光の輪のこと。ハロー効果とは、目立つ長所(あるいは短所)ひとつに目がくらんで、その人の全体まで明るく(暗く)見えてしまう現象です。

たとえば「声が大きくて、会議で堂々としている社員」を、つい「仕事もできるに違いない」と評価してしまう。逆に「口下手で報告が苦手な社員」を、実際の成果とは関係なく低く見てしまう。有名大学の出身、前職の華やかな経歴——こうした”まぶしい一点”が、冷静な評価を狂わせます。「この人の高評価、具体的にどの成果に基づいてる?」と一度立ち止まる。それだけで、光の輪は薄れていきます。

クセ②中心化傾向——「とりあえず真ん中」が奪うもの

先ほどの「全員が3」がこれです。中心化傾向とは、被評価者の実力に関係なく、評価をまん中に寄せてしまうクセ。評価に自信がなかったり、部下から反発されたくなかったりすると、人はつい無難な中央値へ逃げます。

しかし考えてみてください。がんばった人も、そうでなかった人も、みんな同じ「3」。これほど、真面目な社員のやる気を静かに削ぐものはありません。「評価しても、しなくても同じやん」——そう思われた瞬間、評価制度は”やる気を奪う装置”に変わってしまうのです。

クセ③寛大化傾向——「嫌われたくない」が評価を甘くする

寛大化傾向は、評価が実際より甘くなるクセです。背景にあるのは、「がんばってる部下の点を、よくしてあげたい」「厳しくつけて嫌われたくない」という、じつに人間らしい感情。優しい上司ほど陥りやすい落とし穴です。

ところが、この優しさは長い目で見ると裏目に出ます。全員が高評価だと、本当に努力した人が報われず、「ぬるい職場」の空気が広がる。反対に、自信のない評価者は厳格化傾向(何でも辛くつける)に振れることもあります。甘すぎても辛すぎても、社員は「正しく見てもらえていない」と感じるのです。

クセ④対比誤差——”隣の人”と比べていませんか

対比誤差とは、評価の基準を「制度のモノサシ」ではなく、「評価者自身」や「直前に評価した人」に置いてしまうクセです。

数字にめっぽう強い課長は、部下の数字の弱さがどうしても気になり、辛くつけがち。逆に、自分が苦手な分野で活躍する部下を、実力以上に高く見ることもあります。また、抜群に優秀な社員の直後に評価された”ふつうの社員”が、相対的に低く見えてしまう、なんてことも。基準はいつも「制度のモノサシ」に。自分やお隣さんではありません。

クセ⑤期末誤差——人は「最近」しか覚えていない

最後は期末誤差(近接誤差)。半年、あるいは1年の評価をつけるとき、私たちの記憶に鮮明に残っているのは、たいてい直近の1〜2か月だけです。

春にコツコツ地道な成果を上げた社員より、評価直前の秋に目立つ活躍をした社員のほうが、つい高く見える。逆に、期末にひとつミスをしただけで、一年の努力がかすんでしまうこともあります。対策はシンプルで、日ごろから記録を残すこと。ちょっとしたメモが、記憶のごまかしを防ぐいちばんの武器になります。

なぜ、歪んだ評価は”静かに”人を辞めさせるのか

ここまで読んで、「じゃあ、多少ズレても大きな問題ないのでは?」と思われたかもしれません。ところが、評価の歪みが怖いのは、それが静かに、しかし確実に効いてくるところにあります。

人は「不公平だ」と感じたとき、面と向かって抗議はしません。ただ、心のなかで会社への信頼をそっと下ろすのです。そして、辞めるときの理由は「一身上の都合」。本当の理由は語られません。とりわけ、期待していた社員ほど、この落差に敏感です。期待と評価のズレがどれほど人を蝕むかは、「”期待”という名の呪いを解く」でも書きましたが、歪んだ評価は、その”呪い”を静かに強めてしまうのです。

経営者が今日からできる、3つの”クセ直し”

では、どうすればいいのか。完璧な制度をつくる前に、経営者が今日から始められる、お金のかからない工夫を3つご紹介します。

  • ① まず「クセの存在」を全員で共有する。評価者研修というと大げさですが、この記事の「5つのクセ」を評価者みんなで読み合わせるだけでも効果があります。「あ、自分もやってるかも」と気づくことが、第一歩です。
  • ② 「なぜその点数か」を一行書く。点数の横に、根拠となる具体的な事実(いつ・何をしたか)を一言添える。これだけで、ハロー効果も期末誤差も、ぐっと減ります。
  • ③ 評価者どうしで”すり合わせ”の場を持つ。複数の評価者が集まり、「なぜこの人を4にしたか」を語り合う。他人の目が入るだけで、甘さや辛さの偏りは自然と平らになっていきます。

制度より先に、「評価する人」を育てる

ここまでお話ししてきて、いちばんお伝えしたかったのは、これです。立派な制度より先に、評価する人の”目”を育てること。どんなに精巧なモノサシも、当てる人の手が育っていなければ意味をなしません。

とはいえ、「クセを直す」というのは、自分ひとりではなかなか気づけないもの。第三者の目が入ってはじめて、「ああ、自分はこう見ていたのか」と分かります。私たちの経営の伴走顧問でも、評価・賃金・育成の仕組みを、経営者と一緒に汗をかきながら整えていますが、そこでいちばん時間をかけるのは、じつは制度づくりそのものより、「評価者の目線をそろえる」対話だったりします。制度は半日でつくれても、目を育てるには対話の積み重ねが要る。だからこそ、価値があるのだと思います。

まとめ——「良い評価制度」の前に、まず「歪まない目」を

評価制度をつくったのに社員の不満が減らないとき、疑うべきは制度ではなく「測る人の目」かもしれません。最後に、今日のポイントを3つに絞っておきます。

  • 評価の歪みは「能力」ではなく「脳のクセ」。ハロー効果・中心化・寛大化・対比誤差・期末誤差——誰の目にも起こる。責めるのではなく、仕組みで防ぐ。
  • 歪んだ評価は”静かに”人を辞めさせる。不公平感は抗議ではなく、信頼の低下と静かな離職になって表れる。期待していた社員ほど敏感。
  • 制度より先に、評価する人を育てる。クセの共有・根拠の一行メモ・評価者どうしのすり合わせ。お金をかけずに、今日から始められる。

立派なモノサシを買う前に、まずは自分たちの”目のクセ”を知ること。それが、社員に「ちゃんと見てもらえている」と感じてもらう、いちばんの近道なのではないでしょうか。

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