「うちは、営業と製造の仲が、まあ悪いんですわ」——先日、ある製造業の社長さんが、コーヒーをかき混ぜながらこぼされました。「営業は”現場が融通きかへん”言うし、現場は”営業が無茶な約束ばっかり取ってくる”言うし。もう何年もこれですわ」。
これ、御社だけの話ではありません。実は今、日本中の会社が同じ悩みを抱えていることが、数字ではっきりと出てきました。今日は「なぜ隣の部署は”敵”に見えてしまうのか」を、心理学のレンズで解きほぐしてみたいと思います。犯人は、社員のやる気でも人柄でもありません。もっと根深い、私たちの”脳のクセ”なんです。
業績のいい会社でも、8割が「壁」を感じている
2026年7月1日に発刊された『日本の人事部 人事白書2026』。全国5,103社という大規模な調査で、なかなか衝撃的な数字が出ました。部門間の「縦割り」意識、いわゆるセクショナリズムを「強い」「どちらかといえば強い」と感じる割合が、合わせて80.9%に達したのです。
そして、ここが本当に大事なところなのですが——この傾向は、業績の良し悪しを問わなかったそうです。儲かっている会社も、そうでない会社も、同じように「隣の部署とは、どうも壁がある」と感じている。つまり縦割りは、”ダメな会社の症状”ではなく、放っておけばどんな組織にも生えてくる”雑草”のようなものだ、ということです。
コインの裏表を分けただけで、人は身内をひいきする
なぜ、人はこんなに簡単に「うち」と「よそ」で線を引いてしまうのでしょうか。ここで有名な心理学の実験をひとつ。社会心理学者のタジフェルは、面識もない被験者たちを、まったく意味のない基準——たとえば「コインを投げて表が出たグループ」「裏が出たグループ」——で二つに分けました。
すると、どうなったか。人は、たったそれだけの理由で、自分と同じグループの相手を優遇し、別グループを冷たく扱い始めたのです。共通の利害も、過去の因縁も、何もないのに、です。これは「最小条件集団パラダイム」と呼ばれ、人間は”仲間”と”よそ者”を分けずにはいられない生き物だということを示しています。
「営業部」「製造部」という名札は、コインの裏表よりもずっと強力な”線引き”です。毎日同じフロアで、同じ数字を追い、同じ愚痴を言い合う。そうやって「内集団びいき」は、誰も悪気がないまま、静かに育っていきます。
「悪いのは相手、うちは仕方ない」という便利なワナ
縦割りをこじらせるのが、もうひとつの脳のクセ。「相手のミスは”性格のせい”、自分たちのミスは”事情のせい”」と解釈してしまう、根本的な帰属の誤りです。
営業が納期を守れないと、製造は「あいつらはいいかげんだ(=人格の問題)」と考える。逆に自分たちが遅れたときは「今日は機械の調子が悪かったから(=状況の問題)」と考える。同じ”遅れ”でも、解釈がまるで逆になる。この非対称が積み重なると、「あの部署はどうしようもない」という物語が組織の中に定着してしまうのです。
縦割りは”サボり”ではなく、むしろ”頑張り”から生まれる
ここで、経営者の方にぜひ知っておいていただきたい逆説があります。縦割りは、社員が怠けているから起きるのではありません。むしろ、それぞれの部署が自分の目標に真面目だからこそ起きるのです。
営業は「売上」に、製造は「品質と効率」に、管理は「コストとルール」に、それぞれ全力を尽くしている。全員が正しい。でも、その正しさの方向がバラバラだから、境界線でぶつかる。真面目な人ほど、自分の持ち場を守ろうとして壁を厚くしてしまう。ここを「あいつらは非協力的だ」と叱ってしまうと、事態はむしろ悪化します。
社長のその一言が、知らぬ間に壁を厚くしている
「営業がもっと数字を持ってこないと、みんなの給料が上がらんぞ」——よくある叱咤激励ですね。でも、この一言は同時に「会社の浮き沈みは営業の責任だ」というメッセージを、製造や管理の耳に届けてしまいます。
先ほどの社長さんにも、こう申し上げました。「社長、”誰の責任か”という話をするたびに、実は部署と部署のあいだに、一本ずつ線を引いてしまっているのかもしれませんよ」。社長さん、しばらく黙ってから「……たしかに、俺がいちばん犯人かもしれん」と。犯人捜しの号令は、団結ではなく分断を生みます。社員は、褒められた部署に属したいのではなく、責められない部署に逃げ込みたくなるのです。
「共通の敵」でも「仲良し研修」でもなく——上位目標という答え
では、どうすれば壁は溶けるのか。ここでも心理学に、はっきりした答えがあります。社会心理学者シェリフが行った「泥棒洞窟実験」です。
サマーキャンプで二つに分かれ、いがみ合っていた少年たちのグループ。彼らを仲直りさせたのは、一緒に食事をさせることでも、レクリエーションでもありませんでした。効いたのはただ一つ——両グループが力を合わせないと解決できない「上位目標」を与えたことでした。キャンプの給水設備が壊れ、全員で協力しなければ水が飲めない。その瞬間、”敵”は”仲間”に変わったのです。
会社も同じです。「他部署と仲良くしよう」という号令や飲み会では、壁は溶けません。必要なのは、一つの部署だけでは絶対に達成できない、共通のゴールを掲げること。そしてそのゴールを、社長自身の言葉で語り続けること。ここで効いてくるのが、実は”理念”なんですね。理念が縦割りを溶かす接着剤になる話は、「理念なき採用」が、人材不足を加速させているでも詳しく触れています。
部署をまたぐ「小さな共同作業」を仕込む
とはいえ、いきなり壮大な上位目標を掲げても、現場はピンときません。おすすめは、日常業務の中に「部署をまたがないと終わらない小さな仕事」を意図的に仕込むことです。
たとえば、営業と製造が二人一組で顧客先を訪問する。新商品の企画を、部署横断の少人数チームで回す。クレーム対応を”関係部署合同”の振り返りにする。人は、隣の部署の顔と名前と「その人なりの事情」を知った瞬間から、相手を”敵”ではなく”同僚”として見始めます。接触の量が、偏見を溶かすのです。
その評価制度、縦割りを”ごほうび”にしていませんか
意外な盲点が、評価制度です。もし評価が「自部署の数字」だけで決まっているなら、社員が他部署に協力する時間は、自分の評価にとって”損”になります。人は、評価される行動を増やし、されない行動を減らす生き物。制度が、無言のうちに「よそのことは気にするな」と語りかけているわけです。
だからこそ、評価項目のどこかに「部署をまたいだ貢献」を一行入れるだけで、社員の目線は変わります。仕組みで縦割りをつくってしまっている会社は、驚くほど多いものです。自社の制度が”壁の共犯”になっていないか、一度点検してみる価値は十分にあります。
縦割りは、消すものではなく”付き合う”もの
最後に、少し肩の力を抜く話を。縦割りは、ゼロにはできません。人が「仲間」と「よそ者」を分ける以上、それは組織に必ず生えてくる。大事なのは、根絶やしにしようと躍起になることではなく、”雑草”が背丈を越えないよう、こまめに手入れし続けることです。
そして縦割りの厚さは、実は「組織の体温」を測るサインでもあります。壁が急に厚くなったときは、その裏でエンゲージメントが下がっていることが多い。この”見えない体温”の話は、従業員エンゲージメントが7%?日本の”やる気問題”に迫るもあわせてお読みいただくと、腑に落ちると思います。自社の壁がいま何度なのか、客観的に測ってみたい方は、いい会社をつくる「しくみ」診断を入り口にしてみてください。
まとめ:隣の部署を”敵”にしないために
- 縦割りは脳のクセ。人は意味のない基準でも「うち」と「よそ」を分け、身内をひいきする。8割が悩む縦割りは、業績と無関係に、真面目な組織ほど生まれる自然現象だと理解する。
- 犯人捜しではなく、上位目標を。飲み会や「仲良くしろ」の号令では壁は溶けない。一つの部署だけでは達成できない共通のゴールを、社長の言葉で語り続けることが接着剤になる。
- 仕組みで手入れし続ける。部署をまたぐ小さな共同作業を日常に仕込み、評価制度に「横の貢献」を一行加える。縦割りは根絶やしにするものではなく、背丈を越えないよう付き合っていくもの。
「隣の部署は、何もわかってない」。その一言が社内で増えてきたら、それは誰かがサボっているサインではなく、組織があなたに手入れを求めているサインです。壁を責めるのではなく、壁の向こうと手をつなぐ”共通のゴール”を。今日から一つ、仕込んでみませんか。

